ACMGガイドラインを使ってみよう
遺伝子変異の病原性を分類するための標準化ガイドライン「ACMGガイドライン」を紹介します。
目次
1. ACMGガイドラインってなに?
近年、希少疾患領域などにおける遺伝子解析では次世代シークエンサーで複数遺伝子を網羅的に解析する手法がよく用いられています。網羅的な解析の結果、多数のバリアントが検出されます。そのため、検出したバリアントが病的なのか良性なのかあるいは病的意義不明なのかを評価することが大切となります。
この評価法として、2015年に米国臨床遺伝・ゲノム学会 (American College of Medical Genetics and Genomics; ACMG)と分子病理学会 (Association for Molecular Pathology; AMP)が中心となって標準化したガイドラインを作成し報告しました (Richards et al., Genet Med 17(5):405-24, 2015)。
ガイドラインでは、一つひとつのバリアントに対して評価と病原性分類を行います。評価するための基準が2種類あり、病的 (pathogenic)バリアントのための基準と良性 (benign)バリアントのための基準があります。該当する基準をスコアにして最終的な病原性分類を行います。現在、このガイドラインは世界で広く利用されており、バリアントを評価する際に欠かせないものとなっています。
2. ACMGガイドラインの各基準を理解しよう
ACMGガイドラインはpathogenicバリアント基準とbenignバリアント基準の2つの大基準があります。それぞれの大基準は根拠の強さによってさらにいくつかの中基準に分けられます。中分類の中には複数の小基準として具体的な根拠が設けらており、興味のあるバリアントがそれぞれの小基準に該当するのかどうか判定します。
まずはpathogenicバリアントの基準を見てみましょう。
2-1. pathogenicバリアント基準
pathogenicバリアント基準はさらに3つの中基準 (Very Strong(PVS1), Strong (PS), Moderate (PM), Supporting (PP))に分けられ、計16の小基準があります。
根拠の強さ | 小基準 | 基準 |
---|---|---|
Very strong | PVS1 |
疾患の発症機序として機能喪失が知られている遺伝子におけるヌルバリアント (ナンセンスバリアント、フレームシフトバリアント、エクソンから±1もしくは2bpのスプライス部位のバリアント、開始コドンのバリアント、単一もしくは複数エクソンの欠失) →PVS1についてはこちらの記事で詳しくまとめています。 |
Strong | PS1 | 過去に病的バリアントとして報告されているミスセンスバリアントと同一のアミノ酸置換を起こす別の塩基置換のバリアント |
PS2 | de novo (症状がなく家族歴のない両親に認められない)バリアント | |
PS3 | よく確立されたin vivoもしくはin vitroの機能解析が遺伝子もしくは遺伝子産物に傷害を与えることを示すバリアント | |
PS4 | 罹患者集団におけるバリアント頻度が健常コントロール集団における頻度よりも有意に上昇しているバリアント | |
Mode- rate |
PM1 | 変異のホットスポットやよく確立された機能的ドメイン (例. 酵素の活性中心など)に位置する良性バリアントではないバリアント |
PM2 | 健常人多型データベース (ESPや1000人ゲノム、ExAC)に登録されていないバリアント | |
PM3 |
劣性遺伝疾患において、他の病的バリアントとtrans (もう片方の染色体)に認められたバリアント →PM3についてはこちらの記事で詳しくまとめています。 |
|
PM4 | リピート領域外に認められたタンパク質長が変わるようなインフレームを起こす欠失もしくは挿入バリアント、もしくはストップロスバリアント | |
PM5 | 別アミノ酸置換を伴うミスセンスバリアントが過去に病的バリアントとして報告されているミスセンスバリアント | |
PM6 | 両親との血縁関係の確認が取れていないde novoバリアント | |
Supp- orting |
PP1 | 複数の家系内罹患者で認められるバリアント |
PP2 | ミスセンスバリアントが疾患の主な原因として知られており、良性なミスセンスバリアントの割合の低い遺伝子におけるミスセンスバリアント | |
PP3 | 複数の機能予測プログラムが遺伝子や遺伝子産物に対し病原性を示すバリアント | |
PP4 | 患者の表現型や家族歴から単一の遺伝子が疾患の原因であると予想され、その予想された遺伝子で認められるバリアント | |
PP5 | 信頼できる情報源が最近病的であると報告しているが、自身の検査室では独自に評価することのできないバリアント |
2-2. benignバリアント基準
benignバリアント基準はさらに3つの中基準 (Stand-alone (BA), Strong (BS), Supporting (BP))に分けられ、計12の小基準があります。
根拠の強さ | 小基準 | 基準 |
---|---|---|
Stand-alone | BA1 | 健常人多型データベース (ESP, 1000人ゲノム, ExAC)でアレル頻度が5%以上のバリアント |
Strong | BS1 | アレル頻度が疾患の予想頻度よりも有意に高いバリアント |
BS2 | 完全浸透かつ若年発症の疾患において、健常成人集団中に認められるバリアント (疾患が劣性遺伝形式の場合はホモ接合性、優性遺伝形式の場合はヘテロ接合性、X連鎖形式の場合はヘミ接合性) | |
BS3 | よく確立されたin vivoもしくはin vitroの機能解析が遺伝子もしくは遺伝子産物に損傷を与えないことを示すバリアント | |
BS4 | 家系内罹患者においてsegregationが取れないバリアント | |
Supp- orting |
BP1 | タンパク質長の短縮が疾患の原因として知られる遺伝子に認められるミスセンスバリアント |
BP2 | 完全浸透の優性遺伝疾患で認められた病的バリアントとtransで存在するバリアント、もしくはすべての遺伝形式の疾患において病的バリアントとcisに存在するバリアント | |
BP3 | 機能の知られていない繰り返し領域内のインフレームの欠失もしくは挿入のバリアント | |
BP4 | 複数の機能予測プログラムが遺伝子や遺伝子産物に対し病原性を示さないバリアント | |
BP5 | 患者の疾患の発症機序とは異なる分子基盤の遺伝子で認められるバリアント | |
BP6 | 信頼できる情報源が最近良性であると報告しているが、自身の検査室では独自に評価することのできないバリアント | |
BP7 | スプライシングへの影響が予想されない、また新しいスプライス部位を形成しないかつ、塩基が高度の保存されていない同義置換 (サイレンス)バリアント |
2-3. 病原性の分類方法
各バリアントに対して該当した基準をスコアにして最終的な病原性に分類します。
病原性の分類は、「Pathogenic」、「 Likely Pathogenic」、「 Likely Benign」、「Benign」、「Uncertain significance」の5つに分類されます。
Pathogenic
- 1 Very Strong (PVS1) AND
- ≧1 Strong (PS1-PS4) OR
- ≧2 Moderate (PM1–PM6) OR
- 1 Moderate (PM1–PM6) and 1 Supporting (PP1–PP5) OR
- ≧2 Supporting (PP1–PP5)
- ≧2 ≥2 Strong (PS1–PS4) OR
- 1 Strong (PS1–PS4) AND
- ≧3 Moderate (PM1–PM6) OR
- 2 Moderate (PM1–PM6) AND ≥2 Supporting (PP1–PP5) OR
- 1 Moderate (PM1–PM6) AND ≥4 Supporting (PP1–PP5)
Likely Pathogenic
- 1 Very Strong (PVS1) and 1 Moderate (PM1–PM6) OR
- 1 Strong (PS1–PS4) and 1–2 Moderate (PM1–PM6) OR
- 1 Strong (PS1–PS4) and ≥2 Supporting (PP1–PP5) OR
- ≧3 Moderate (PM1–PM6) OR
- 2 Moderate (PM1–PM6) and ≥2 Supporting (PP1–PP5) OR
- 1 Moderate (PM1–PM6) AND ≥4 Supporting (PP1–PP5)
Benign
- 1 Stand-Alone (BA1) OR
- ≧ 2 Strong (BS1–BS4)
Likely Benign
- 1 Strong (BS1–BS4) and 1 Supporting (BP1–BP7) OR
- ≧2 Supporting (BP1–BP7)
Uncertain significance
- 上記の分類に当てはまらない場合 もしくは
- pathogenicとbenignの両方の基準に当てはまるバリアント
以上が最終的な病原性の分類方法です。
最後に普段ACMGガイドラインを利用してバリアントを評価している現場からの感想を述べます。
3. 臨床現場で利用している感想
ひと言で表すと、「これ (ACMGガイドライン)を使ってもバリアント評価は迷う。」です。
以下がその主な理由です。
- 評価者によって基準の解釈が異なる
- 定量的な評価基準が少ない
- 患者本人のバリアント情報以外にも解析データを求められる
1と2については似た内容を述べておりますが、ACMGガイドラインには定量的な評価基準が少なく、また具体的に参照すべき情報源についての記載が少ないです。そのため、標準化されたガイドラインと言いつつも評価者によって評価が分かれることが多いです。この点に関しては、現時点では現場で利用する際にきちんと手順書のような形で取り決めておく必要があるように思います。
3について、例えば、PS2やPM6はde novoバリアントである場合につけることのできる基準です。また、PS3やBS3では機能解析を行わなければなりません。
日本の場合、これらの解析は保険診療の範囲で行うことはおそらく困難であり、研究もしくは自費の検査として行うことになると思います。したがって、病的とも良性とも取れないVUS (variant of uncertain significance)と分類されるバリアントを臨床に返さなければならない場面が多くなると思われます。
4. 評価しやすくするための取組
ACMGガイドラインが発表されて以来から現在に至るまで、NIHなどから資金的援助をうけるClinGenと呼ばれる専門家集団はバリアントをより評価しやすくするための活動を続けています。定量的な基準や特定の疾患または遺伝子に適合させたガイドラインなど論文として報告しています。
今後はそれらの内容についてもブログで取り上げていきたいと考えております。